「・・・・・・」

次々と送られてくる部隊全滅の報に顔面蒼白にして聞き入る爽刃と斗垣。

「・・・主力部隊・迂回部隊・奇襲部隊はほぼ全滅。『KKドラッグ』投与兵もすでに全体の八割から九割が死亡、もはや今回の作戦は完全な・・・」

その言葉を遮る様に爽刃は搾り出す様に声を出した。

「まだだ・・・『B・K』を起動しろ」

「!!お、お待ちくだ・・・」

最後まで言い切る事無く白衣を着た男は眉間を吹き飛ばされる。

「聞こえなかったのですか?『B・K』を起動しろ言ったのですよ?」

「は・・・はっ!!」

慌てて護衛達が動く。

総司令部の後方に用意された巨大なカプセル。

そのコンソールに色々と打ち込んでいた男が顔を上げる。

「完了しました。これより液体窒素を排出後、覚醒薬を投入。十分後『B・K』は覚醒します」

その言葉と共にカプセルからは煙が耐える事無く噴き出す。

「もっと早く覚醒できんのか!!」

「無理です。この時間でようやく最速とした場合です。これより早くですと『B・K』が組織崩壊を起こす可能性があります」

「ちっ・・・まあ良い。これより本陣を麓まで撤退させる!!七夜に関しては『B・K』・・・いや、『軋間紅摩』に潰させる!!」

その号令と共に本隊は手早く撤退を済ませ逃げる様にその場を後にする。

何しろわずか十分後にはあの怪物が復活を遂げるのだから・・・

十『鬼神対鬼人』

遠野の本陣が撤退していくのを志貴達七人は確認していた。

「逃げていく?これで終わりかな?」

「待て、連中何か置いていったぞ」

黄理の言葉通りそこには巨大なカプセルがそのまま放置されている。

訝しげに見ていたが、やがて志貴と黄理がカプセルに近付く。

正面には液晶画面に時間が表示されている。

「なんだ?」

志貴が不審げに呟いたのと、液晶画面の表示がゼロとなったとの、どちらが速かっただろう?

その瞬間、甲高いタイマー音が森に響き渡り、カプセルが内部から爆ぜた。

「!!!」

「全員散れ!!」

慌てて距離を取り警戒する二人、

そのカプセルがあった場所には・・・

「な、なに?」

黄理は絶句する。

何故ならそこにはいる筈の無い・・・いや、いてはならない男がそこにいたのだから

そこにいるのは二mに達しようかと言う大男。

いや、実際には志貴とほぼ同じ背丈であったのだが全身鍛え上げられた筋肉が服に納められ、実際の身長より大きく感じその為に大男と錯覚した。

しかし。何よりも特徴的なのは伸びた前髪で右目を覆い隠し隻眼が空を見つめている。

その目は、見られるだけで全身の血の気が失われるような錯覚すら呼び起こさせる凶眼・・・志貴ですら逃げ出したい恐怖に襲われた。

全身は、つぎはぎだらけで、所々抜糸すらされていない箇所もある。

そればかりか首の部分には黒光りする鋼鉄の首輪がはめられている。

「な、なんなのよ・・・あいつ・・・」

アルクェイドがやや放心したように呟く。

「アルクェイド?どうした・・・」

「どうしたもこうしたも無いわよ・・・二十七祖でもあれほどの威圧持った奴いないわよ・・・」

アルトルージュですら怯えた様に一歩後退する。

「し、志貴ちゃん・・・」

「こ、怖い・・・」

翡翠に琥珀はぶるぶる震えて志貴にしがみ付く。

「計測できない・・・私が・・・アトラスの錬金術師が・・・計測できないなんて」

シオンまでも眼の前の男をあり得ないものを見るような眼で見る。

そして・・・黄理は・・・

「な・・・何故だ?なぜ貴様がここにいる??」

呆然とした声で異形の男に問い掛ける。

「父さん、知っているの?」

「ああ、奴は軋間紅摩・・・十年前俺が殺した紅赤朱だ」

「殺した??それはどう言う・・・」

「・・・俺が説明しようか・・・」

不意に紅摩が口を開く。

「久しいな七夜黄理・・・」

「俺としては貴様とは会いたくなかったが・・・」

「くくくっ・・・浅ましくモルモットとして生きてきたがその甲斐あったな」

そう言って紅摩は低く笑う。

「随分と饒舌になったな」

黄理の憎まれ口にも

「ははは・・・貴様と再度合間見えた事で高揚している様だな・・・」

静かに笑って答える。

「俺は・・・確かに十年前貴様に殺された」

「そうだ。貴様の首はあの時確かに砕いた」

「そう・・・そして、その後俺は刀崎の部隊に身体を接収された」

「なんだと?」

「本来であれば死して灰となる所、連中はありとあらゆる手段を講じて俺を蘇生させた」

「ありとあらゆる手段?」

「そうだ・・・そして連中は俺を実験台としてお前達が今まで戦ってきた人形達を生み出し、俺はそのまま冷凍保存された」

「ひ、ひどい・・・」

翡翠が呟く。

「だが、こうやって生きてきたが報われた。俺は・・・七夜黄理・・・貴様と戦いたい・・・」

そう言うと、紅摩は静かに右腕を突き出す。

「・・・志貴・・・全員を連れて下がれ・・・」

「・・・父さん・・・」

「こいつは俺とやりたがっている。ならばその望みかなえてやるのが筋だろう・・・」

そんな黄理に志貴は更に言い募ろうとしたが諦めた。

今まで共に修行を行ってきた父が初めて高揚感に満ちた表情をしていたのだから・・・

父がそれを望むなら自分はそれをサポートするまで。

「・・・はい、皆これに手を出しちゃいけない・・・」

「志貴ちゃん!!」

「で、でも・・・」

「翡翠、琥珀・・・大丈夫・・・父さんが勝てない筈無いだろう?」

志貴にそう言われ言葉も無く肯く。

「お前達は周辺を探ってくれ・・・まだあの怪物がいるかもしれない」

「判りました・・・行くぞ」

「う、うん・・・」

全員を代表してアルクェイドが肯き再び森の中に消える。

それを見届けると黄理は撥を構える。

「はっ・・・まさかあの時の恐怖をもう一度感じる羽目になるとはな・・・」

「俺もだ・・・貴様ともう一度闘えるとは思わなかった・・・」

その会話が交わされた直後鬼神と呼ばれた最強の暗殺者と、鬼と交わった一族の最凶傑作たる鬼人は再度激突した。







紅摩の魔手はあの時と同じ速さと同じ勢いで繰り出される。

その魔手は地面を容易く打ち砕き小さいクレーターを作り出す。

それを黄理は紙一重でかわし、

―我流・連星―

首に『KKドラッグ』投与兵を次々と仕留めていった一点集中打突を叩き込む。

しかし、填められている首輪はびくともしない。

「ちっ・・・」

だが黄理に舌打ちする時間すら与えられていなかった。

下から猛烈な風を感じ咄嗟に跳躍して直ぐ背後の木に飛び移る。

一秒前まで黄理のいた地点には紅摩の足が夜空を高く振り上げられ、地面は大きく抉り取られていた。

更に巻き上げられた大量の土砂は起こされた暴風と共に天高く舞い上がり、黄理の視界が奪われる。

「くっ!!」

その風に思わず眼をそらす。

僅かな時間であったが、この闘いでは致命的な時間となる。

その僅かな瞬間に紅摩は大きく跳躍し魔手が唸りを上げて黄理を押し潰した・・・かに見えた。

―我流・連星―

次の瞬間黄理の連星は手首に集中して撃ち込まれ大きく軌道を逸らされる。

更に懐に入り込み

―閃走・六兎―

顎の部分に六発の蹴りをまとめて浴びせ掛ける。

空中でバランスが悪い事に加え下からの一撃に大きく体勢を崩して頭から地面に叩きつけられる。

しかし、黄理も無傷ではなかった。

こめかみから血が流れる。

当たっていない、ましてや掠めてもいない、ただ至近を通過しただけでその風圧に皮膚も血管も耐えられなかった。

これで掠めれば黄理の頭部は吹き飛ばされていた事は間違いない。

直撃を受ければ・・・今更言うまでも無い事だった。

「・・・でたらめな事には変わり無しか・・・」

そう呟いた時、視界が大きく傾く・・・いや、紅摩の一撃で木が握り潰され、倒れようとしていた。

「ちい!!化け物が!!」

自分を鼓舞する為に相手を罵りながら着地すると紅摩の猛然とした突進を視界に納めた。

「食らうかよ!!」

掠めるだけでも即死となる一撃を次々とかわし、その合間を縫うように『連星』を首筋に叩き込んでいく。

数分後、ようやく二人が距離を取る。

しかし、ここで年齢の差が出始めた。

紅摩が息一つ乱す事なく直立不動しているのに対して、黄理は、息を大きく乱し肩で息すらしている。

何しろ黄理は既に全盛期を当に過ぎ年齢も既に四十近い。

普通の七夜であればもう前線を退いている年齢である筈だったが、黄理は未だに衰えを知らぬ技量でここまで戦って来た。

しかし、相手が紅摩となれば話が大きく違ってくる。

「まったく・・・歳は取りたくないもんだ・・・」

「ああ、まったくだ・・・お前は年齢として体力が衰えたか・・・これで条件は五分か」

「何??」

そこまで言って黄理は気付いた。

特に傷を負わせた訳でもない。

にも拘らず紅摩の全身からは夥しい血が流れていた。

その原因に直ぐ気付いた。

全身の縫合された箇所が紅摩の動きに耐え切れず引き千切れていた。

「はっなるほどな・・・俺は体力の衰え、お前は出血過多故に長時間の戦闘は不可能という事か・・・」

「そう言う事だ・・・だがこれが丁度いい・・・我らのような壊れモノには・・・」

「はっ、その通りだ俺達は所詮イカレタ鬼だ。これが丁度良い」

そう言い合い二人は大声で笑う。

「だが・・・どんな形であれこの死闘には決着はつける。それが我らの流儀・・・」

「その通りだな・・・何しろ俺達には最後の戦いになるだろうからな」

そう言い合い、再び鬼神と鬼人は動き出した。







一方・・・森の中では・・・黄理の予言は的中していた。

「アルクェイド!!東方三十メートル先に一体!!アルトルージュ!!南西にも一体!翡翠・琥珀!!西方十メートルに一体です」

シオンの言葉と同時にアルクェイド・アルトルージュ、と翡翠・琥珀が動く。

「はあああああ!!!」

アルクェイドの気合と共にバイオ死徒は上半身を吹き飛ばされ。

―ジェベ―

アルトルージュの一撃は粉砕と言うよりは蒸発し、

―居閃・烏羽―

―二閃・鎌鼬―

二人同時の一撃で容易く解体される。

しかし、志貴達がここまで効率良くバイオ死徒を撃破出来る要因は一重にシオンの働きだった。

いかに広大な広さと正規のルート以外では足の踏み場も無いほどの罠を張り巡らされた『七夜の森』といえども奇しくも七つの分割思考をもつシオンにとっては箱庭程度の広さでしか感じない。

敵の侵攻ルートを志貴と黄理の迎撃行程と第一陣の配置を元として現在地のおおよその位置を絞り込み志貴達に指示を下す。

「ふう・・・この辺りにはもういません。志貴」

「なんだ?」

「少し防衛線を下げましょう。もう残されている数は多くても七・八体が良い所。でしたら後は」

「引き付けて仕留めるか・・・そうだな・・・そうしよう。皆、里の手前まで戻るぞ」

志貴はシオンの提言を受けて里の手前まで戻って、待ち伏せをする事になった。

「ねえ、錬金術師〜本当にこのルートであっているの〜?」

「ええ、志貴と義父上が今まで交戦してきた地点等を考慮して更に・・・」

不満そうな声を上げるアルクェイドに幾分気を害したような表情と声でシオンが講釈を垂れようとしたがそれを志貴が遮る。

「ストップ、それ以上はまた後でな・・お客が来た」

志貴の言葉に全員が振り返る。

ずたずたに切り裂かれた迷彩服を身につけた、バイオ死徒が次々と目の前に姿を現す。

「まだいたの?これ・・・」

アルトルージュが呆れるのも無理はない。

志貴と黄理で百体以上は潰してきた筈だった。

その後アルクエィド達も加わりその合計数は百五十をゆうに超える。

それにも拘らず、目の前に現れたのは五体。

「やれやれ・・・これ以上は進ませる訳にはいかないな。ここで潰す」

静かに志貴が宣言する。

それに反応したのか、バイオ死徒達は志貴達を見つけたらしい。

一目散に志貴のみに殺到する。

「そんなに死に急ぎたいか・・・楽には死ねんと思いな・・・ロック」

それを見た志貴が嘲笑すら混じった笑みで指を鳴らす。

次の瞬間志貴とバイオ死徒五体は閉鎖空間に封印される。

―我はこの空間(地)を支配せん影―

―愚かしき供物よこの空間(地)に逆らう愚を知れ―

―ようこそ、この禍々しい完殺空間へ―

志貴の事実上の処刑宣告に等しい詠唱が響く。

本能で恐怖と危険を悟ったのか一斉に逃げ出すが

愚かしきかな供物共よ・・・この空間(地)より逃げる術は存在などせん・・・

貴様らの完全なる死以外に・・・

この瞬間より、一方的な虐殺が始まった。

二体が瞬きほどで微塵にされた、

一体が二十に近いパーツに分解された、

一体が指先から徐々に全身を切り刻まれた、

そして残る一体は一番酷かった。

何故なら・・・

―閃鞘・七夜―

―閃鞘・双狼―

―閃鞘・八穿―

―閃鞘・伏竜―

―閃走・六兎―

―閃鞘・八点衝―

―閃鞘・十星―

―閃鞘・一風―

―極死

一人で勝手に切り刻まれ、勝手に宙に浮く。

少なくても外のアルクェイド達にはそう見えた。

―七夜

―九死衝・・・完遂―

「・・・オープン」

志貴のいつも通りの声によって封鎖が解かれると、そこには返り血はおろか、息も乱していない志貴が佇み背後には肉塊が無数に転がっていた。

「し、志貴・・・これは一体・・・」

「ああ、空間封鎖で逃げ道を塞いでから皆殺しに・・・」

「そうではなくて・・・最後のあの技は・・・」

「う、うん・・・」

「ああ、九死衝か。簡単に言えば『閃の七技』、『閃走・六兎』、最後に『死奥義』で完全に殺し尽くす・・・それにしても・・・こいつらが里に雪崩れ込んだらと思うとぞっとする・・・何しろあんな怪物の粗悪品でも相当な力を持っている。皆だときついだろうから・・・」

志貴はその場面を予想して思わず冷や汗を流す。

「志貴!!」

「終わったのか?」

そこに晃と誠が現れる。

「ああ、雑魚はこれで全滅させた。あと、一番厄介な大物と御館様がやりあっている。あと、本陣は撤退した」

「そうか・・・そうなると俺達の勝ちか・・・」

「ううん、まだわかんない・・・」

「??どう言う事?翡翠」

「今お父さんが戦っているのが鬼だから・・・」

「鬼??」

「軋間家に残された最後の紅赤朱と御館様は殺しあっている」

「なんだと!!軋間だと!!」

更に身体の至る所に包帯を巻き付けた四季が駆けつける。

「四季!お前どうした?その体中の包帯??」

「ああ、迂回してきた奴もいたからそいつらとやりあった時に受けた傷だ。気にすんな。俺はこれでも死ににくい・・・それよりも・・・本当か??軋間の紅赤朱が現れたというのは」

「ああ、父さんは『軋間紅摩』と言っていたが・・・知っているのか?」

「ああ、刀崎の話だと、二十年以上前、軋間家が一人の外れモノに滅ぼされたと聞いた・・・その外れモノの名が軋間紅摩・・・その後は刀崎が責任を持って拘束していると聞いたが・・・それと刀崎と久我峰は!!」

「ああ、撤退した・・・もっとも・・・もう逃げ場はないと思うけど・・・」

「そうだな・・・」

その言葉は明確な予言となる。

「ともかく、俺は御館様の様子を見てくる」

「俺も行く」

「僕も」

志貴の言葉に晃と誠が反応する。

「ああ、アルクェイド達は里に戻っていてくれ」







その頃・・・麓では・・・刀崎爽刃と久我峰斗垣が拘束されていた所だった。

「これは何の真似だ!!!有間」

そう言って爽刃が睨み付けるのは有間文臣と有間の精鋭部隊。

そう、彼らは麓に降りてきた所を有間の部隊によって抵抗する暇も与えられず総員拘束されたのだ。

「何故かは・・・あなた方が一番良くご存知でしょう?爽刃殿、斗垣殿・・・十年前からの数多くの横暴に加え今回の暴走・・・もはや同じ遠野の一族として看過出来ません。あなた方を拘束します」

そこに

「父上・・・」

「ほっほっほっ・・・」

「王刃!!そうか・・・貴様もぐるだったか・・・この刀崎の恥め!!」

「斗波!!・・・この久我峰の面汚しが!!」

「刀崎の恥は父上の方でしょう?ご自分の野心の為に宗主をも殺そうとする・・・」

「ええ、その通りですな。この戦いが終われば四季様ご自身の裁きを受けられる事です」

「な、何??それはどう言う事だ?」

「そ、そうですな・・・四季様も秋葉様も殺されたのですぞ七夜の手で」

「いいえ・・・」

「四季様も秋葉様も生きておられますよ・・・七夜志貴の手で救われました」

「「!!!」」

その言葉に絶望的な表情を作る二人。

「良し、二人を連れて行け」

「はっ!!」

もはや抵抗する余力も無い刀崎・久我峰の前当主の後姿を見ながら

「では王刃君・斗波君には暫く刀崎・久我峰の当主代行として一族を統率お願いします」

「判りました」

「ほっほっほ・・・お任せ下さい。暴走すら出す事ありません」

「ええ、近い内に正式に当主交代の通達を四季様が出すでしょうがそれまでは代行でお願いします」

こうして遠野と七夜の攻防戦はほぼ終わりを迎えようとしていた。

ただ一つ残された鬼神と鬼人の一騎討ちを残して・・・







―兜神―

真紅の弾丸・・・いや、砲弾が木も岩も抉り飛ばしただ一人の標的・・・黄理を消し飛ばさんと迫る。

それを黄理は闘牛士の如くかわし、動きが停止すると同時に

―我流・連星―

左の首筋にそれを叩き込む。

前回を遥かに上回る回数を次々と叩き込む。

それは前回以上に死と隣り合わせの荒行であった。

黄理自身の体力は落ち、紅摩は出血量こそ甚大であるがその力は衰えと言う言葉をまるで知らない。

だがそんな中二人の戦いを五分に保っているのは黄理の強靭な技量に他ならなかった。

やがて黄理は勝負に出る。

満を持して左ではなく死角となった右に身体を潜り込ませる。

だが、その瞬間紅摩の髪に隠れた部分を垣間見た瞬間黄理は全身の力を持って攻撃を・・・断念した。

全力をもって離脱する黄理に対して、僅か一秒後、さも当然のように魔手を右の空間に叩き込む紅摩。

それも当然、隻眼かと思われた紅摩の潰された右目には・・・無機質な光を放つ義眼が埋め込まれていた。

おそらく、カメラも搭載されているのだろう。

でなければ死角である筈の右にあそこまで正確な一撃を叩き込める訳が無いのだから。

「ちっ・・・」

唯一の勝機も潰された。

だがそれでも黄理の闘志は衰えない。

「さあ・・・続きだ」

「・・・ああ・・・」

疾風と暴風が同時に地を走る。

一騎打ちは未だに終わりを迎えない。

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